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大阪地方裁判所 昭和53年(わ)3406号 判決 1980年10月13日

被告人 岡田源夫

大五・一・六生 無職

主文

被告人を懲役二年に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、但馬建設株式会社の代表取締役として、昭和四九年一一月一九日同会社が株式会社月峰(代表取締役永田邦晴)との間において締結した契約に基づき、右株式会社月峰のため、同五〇年四月三〇日大阪市旭区森小路一丁目八八番地上に鉄骨造陸屋根四階建共同住宅一棟(五二戸)を建築完成させ、引続き右建物を管理して入居者の募集、入居契約の締結並びに部屋を購入した入居者からはその売却代金を、賃借した入居者からはその保証金及び家賃を受取り、これを株式会社月峰に納入するなどの業務に従事していたものであるが、但馬建設株式会社の資金繰りに窮したすえ

第一  昭和五〇年五月三一日、和田隆に対し、前記共同住宅三一三号室を七五〇万円で分譲し、同日及び同年六月一二日の両日にわたり、同人及び同人の妻孝子から、内入金として合計二〇〇万円を受取り、株式会社月峰のため業務上保管中、これをそのころ、ほしいままに、大阪市内において、前記但馬建設株式会社の用途にあてるため着服して横領し

第二  株式会社月峰との間において、前記共同住宅の入居契約につき、賃貸借の場合は家賃月額五万五、〇〇〇円保証金一〇〇万円または家賃月額六万円保証金五〇万円のいずれかの条件で締結することに取り決められており、これに従い誠実に実行すべき任務があるのに、入居者から受取る保証金を但馬建設株式会社の運転資金に使用しようと企て、その利益を図る目的をもつて、右任務に背き、別紙一覧表記載のとおり、昭和五〇年五月下旬から同年八月六日ころまでの間、前後五回にわたり、前記共同住宅一階の但馬建設株式会社事務所において、工藤博ほか四名の賃借入居者に対し、保証金五〇万円家賃月額六万円を基本条件とするが、保証金五〇万円を上積みする毎に家賃を月額一万円の割合で安くする旨約束し、株式会社月峰と取り決めた保証金額を超過した保証金及び同家賃金額より過少な家賃の条件で同人らとそれぞれ契約したうえ、同人らから同表記載のとおりの保証金を受取り、よつて、株式会社月峰に対し、超過保証金合計九五〇万円の返還債務を負担させ、もつて右金額相当の財産上の損害を加え

たものである。

(証拠の標目)(略)

(判示事実を認定した理由)

一  (証拠略)を総合すると、次の各事実を認めることができる。

1  但馬建設株式会社(以下但馬建設という)は、住宅建築並びにその販売を目的として、昭和三八年七月ころ設立された、被告人を代表者とする、いわゆる個人会社であるが、当初は順調に業績を伸していたものの、昭和四九年に入つてからは、金融引き締めの影響により受注が減少して経営状態が悪化していた。

2  永田俊雄こと李甲鎮は、大阪市旭区森小路一丁目八八番地に宅地二、六五四平方メートル(以下本件土地という)を所有していたが、昭和四九年八月ころ、沖口正二の仲介により、被告人との間において、右地上のボーリング場を取り毀してマンションを建築し、これを土地付で分譲または賃貸する計画が持ち上つた。李甲鎮は、右計画を実行に移すために、マンシヨンの建築並びにその分譲賃貸を目的とし、長男邦晴を代表取締役とする株式会社月峰(以下月峰という)を設立することにし、同年一一月二〇日その設立登記をなした。

3  かくして、同年一一月一九日、月峰と但馬建設との間において、但馬建設がその負担と責任をもつて、本件土地上のボーリング場を収去するとともに、同地上に鉄骨造陸屋根四階建のマンシヨン三棟を建築し、これを全戸賃貸し、かつ賃貸したものを全戸土地付で売却すること、月峰は本件土地を提供するとともに、但馬建設に建築費用として一定額の融資を行うこととし、マンシヨン完成後は、賃貸売却の総収入から月峰が本件土地代金と右貸付金の返済を受け、残余金はすべて但馬建設が受取ることを要旨とする契約(以下本件契約という)が締結されることになつた。そして、月峰但馬建設間で取り交わされた契約書には、以下のような約定がなされていた。

(一) 本件土地上のマンシヨン三棟は、いずれも但馬建設の負担において建築されるが、その所有権は完成未完成に関係なく月峰に帰属すること。

(二) マンシヨンの賃貸分譲は、月峰名義で、但馬建設がこれを行い、必要とされる仲介費、広告費等一切の費用は但馬建設の負担とすること。

(三) 賃貸保証金、家賃、売買代金等一切の収入は月峰が保管することにし、これを本件土地代金、月峰の但馬建設に対する貸付元利金の順に充当した後、残余金を但馬建設の経費、利益金とすること。

(四) 月峰は、但馬建設に、第一期工事(同五〇年五月末完成予定)の着工時に三、〇〇〇万円、棟上時に三、〇〇〇万円、完成時に二、九二五万円の合計八、九二五万円を、第二期工事(同年七月末完成予定)につき合計八、二六二万五、〇〇〇円を、第三期工事(同年九月末完成予定)につき合計七、〇〇〇万円をそれぞれ貸与することとし、その利息を月一分とすること。

(五) 本件土地代金は、第一期工事敷地につき一億三、六八三万三、六九六円、第二期工事敷地につき一億二、八五一万二、七二八円、第三期工事敷地につき一億五八〇万五、七三〇円とすること。

4  第一期工事完成前の昭和五〇年四月一二日、月峰と但馬建設の間において、本件土地上のマンシヨンの所有者は月峰であること、マンションの賃貸売買の処分権は月峰に属すこと、但馬建設が入居者から賃貸売買に伴う手付金等の金銭を受領したときは、これを月峰指定の銀行に直ちに振り込むことを改めて確認した。

5  本件契約の約定によると、マンシヨンの賃貸売買条件は月峰と但馬建設とが協議して定めることになつているが、本件契約締結後第一期工事のマンシヨンが完成するまでの間に、月峰と但馬建設との間において、分譲の場合は売買代金を一戸につき七五〇万円とすること、賃貸の場合は一戸につき保証金一〇〇万円、家賃月額五万五、〇〇〇円とすることの取り決めがなされていたが、その後被告人の申入れにより、賃貸の場合保証金五〇万円、家賃月額六万円という条件でもよいという合意がなされた。

6  被告人は、第一期工事五二戸一棟分(以下本件マンシヨンという)の建築予定経費を約一億八、〇〇〇万円と見積り、その敷地代金を控除しても、但馬建設としては五、〇〇〇万円程度の純利益を上げうると大雑把な見通しを立てて本件契約を締結し、建設工事に取りかかつた。しかし、工事費や材料代が当初の予想を大幅に超える結果となり、昭和五〇年四月三〇日に第一期工事をどうにか完成させたものの、月峰よりの本件契約に基づく貸付金だけでは経費の支払ができず、右以外に、大日商会などいわゆる町の金融業者から高金利の融資を受けたり、月峰から同年六月一〇日及び同月一一日に合計一、〇〇〇万円の追加貸付を受けたりしたが、それでもなお工事費等の支払に窮する状態であつた。

7  被告人は、マンシヨン入居者の募集につき、不動産取引業を営む宮藤功に依頼し、同人を但馬建設の営業部長として、歩合制によりこれに当らせていたが、本件マンシヨン完成後の同年五月下旬頃、同人と相談のうえ、賃貸条件につき保証金五〇万円上積みする毎に家賃を月額一万円減額するというスライド方式により、入居者との契約に当ることにした。しかし、この点については、月峰に了解を取りつけることをせず、月峰に無断で行うことにした。そして、保証金五〇万円を超える分については、これを月峰に納入せず、但馬建設において、入居者から預る形式をとり、その超過分を運転資金に使用することを考えた。

8  入居者との賃貸借契約において、被告人は、入居者に対し、本件土地は月峰の所有だが、本件マンシヨンは但馬建設の所有である旨説明し、入居者もその旨信じて契約を締結した。しかし、被告人は契約書に月峰及び但馬建設の両者を貸主として併記した。そして、賃貸条件として、保証金五〇万円家賃月額六万円が基本条件であるが、三〇〇万円を限度として、五〇万円単位で保証金を上積みする毎に家賃は月額一万円安くなると説明し、入居者から現金を受領した後は、五〇万円につき保証金としての領収証を但馬建設または月峰名義で発行し、右五〇万円を超える金額分については、但馬建設名義の預り証を発行した。このように金員受領の証書を二通に分けて発行する理由として、入居者に対し、五〇万円を超える分については税金対策上預り金という形をとるのであつて、公にしてもらつては困る、その代り、預り金については請求あり次第返還すると説明しただけであつて、それ以上の説明はなかつた。そして、契約書には、賃料一ヶ月六万円、保証金五〇万円と記載し、預り証には、但馬建設が入居者に対し家賃として預り金五〇万円につき一万円の割合の金額を毎月支払うこと、申入あればいつでも返済する旨を記載して、それぞれ入居者に交付していた。

9  右のようにして、判示第二の各入居者から、別紙一覧表記載のとおりの保証金額をそれぞれ受領し、白川となよを除く各入居者の分のうち各五〇万円を月峰に納入し、残額を但馬建設の銀行預金口座に入金して、これを工事費等の支払に使用した。

判示第一の和田隆の関係については、本件マンシヨン三一三号室を七五〇万円で分譲し、その内入金として二〇〇万円を受領し、残額五五〇万円につき近畿相互銀行千林支店にローンを組むことを約束した。しかし、右二〇〇万円は月峰に納入されることなく、そのまま被告人において保管していたが、同年六月二六日信用組合大阪商銀森小路支店の但馬建設の当座預金口座に入金され、結局その後工事費等の支払に使用されてしまつた。

10  被告人は、資金繰りに窮迫し、大日商会等高金利の融資を受けていた金融業者から厳しい支払請求を受けるに及んで、同年八月二〇日ころ東京に逃走し、以後各地を転転とした。一方、判示第二の被害者らから保証金等の返還請求を受けた月峰は、同五一年一〇月二八日、但馬建設が受領した超過保証金のうち八割を返還することにし、改めて家賃月額六万円とすることを確認して和解しさらに、判示第一の和田隆に対しても、同人の損害の八割を支払つて解決した。

二  判示第一の業務上横領罪の成立を認めた理由

弁護人は、判示第一の事実につき、被告人が和田隆から受領した二〇〇万円は月峰の所有に属するものではないし、被告人にはこれを横領する犯意がなかつたから、業務上横領罪は成立しない旨主張する。

まず、月峰が右業務上横領の被害者であるかどうかについて検討すると、本件証拠上、月峰が本件土地を李甲鎮から譲り受け、その所有者となつたという事実は認定困難であり、これに沿う李甲鎮の証言は具体性を欠き、右認定に不十分といわざるをえない。しかし、月峰は本件土地の所有権を有するものでないものの、所有者李甲鎮から本件土地の処分を委ねられたということは十分認定できるところであつて、その処分を委ねられた月峰の業務が本件土地上にマンシヨンを建築し、これを土地付きで分譲または賃貸することにあつたことは前記認定のとおりである。次に、本件マンシヨンについては、但馬建設がその負担においてこれを建築したものであるから、通常その所有権は但馬建設に帰属すべきものであるが、本件契約により月峰の所有に帰属することになつている。これは、月峰が但馬建設に建築費用として多額の融資をするところから、いわばその担保としてマンシヨンの所有権を月峰に移転せしめる特別の約定をしたものと解せられるのであつて、但馬建設が月峰に右貸付金の返済を果すまでは、月峰が本件マンシヨンの所有権を有する関係にあつたと考えられる。そうするとマンシヨンの分譲がなされた場合、その売却代金は売主たる月峰に帰属すべき性質のものであつて、但馬建設において自由に処分しうるものでないことは明らかといわねばならず、被告人が和田隆から受領した売買内入金二〇〇万円を無断で費消した以上、その被害者が月峰であることは当然である。

次に、被告人は、和田隆より受領した右二〇〇万円につき、残額五五〇万円を銀行ローンにすることが不成功に終つた場合、これを同人に返還しなければならないので、その手続をするため一時保管していたものである旨供述しているが、その後、被告人において、これを但馬建設の銀行口座に入金し、結局工事費等の支払に使用したのであるから、被告人に不法領得の意思があつたことは明らかである。

弁護人は、判示第一の事実につき、仮に業務上横領罪が成立するとしても、本件マンシヨンを全戸分譲した場合の総収入のうち、土地代金を控除した分は但馬建設に帰属すべき性質のものであるから、右二〇〇万円のうち、その割合に相当する分については横領罪が成立しない旨主張するが、本件契約上、分譲による売買代金は、本件土地代金及び月峰の貸付金を清算するまで、その全額を一旦月峰に帰属させることになつており、その清算完了までは、但馬建設に入居者から受領する売買代金を処分しうる権限がないから、右主張は採用の限りでない。

三  判示第二の背任罪の成立を認めた理由

1  入居契約における但馬建設の立場

本件土地の処分を委ねられ、本件マンシヨンの所有者である月峰が、入居者との売買または賃貸借契約の当事者となることは当然であつて、但馬建設にはその当事者となる資格はない、但馬建設は、本件契約により、月峰の代理人として入居契約を締結しうる権限を有するに過ぎない。しかるに、被告人は、入居者に対し、本件マンシヨンの所有者が但馬建設である旨説明し、入居者もその旨信じて入居契約を締結したものであることは、前記認定のとおりである。右事実だけからすると、入居契約の当事者は但馬建設であるといわねばならないが、被告人が入居者に交付した契約書には、貸主として月峰も併記されており、また、判示第二の被害者綿田賢一に交付された保証金の仮領収証は月峰名義で作成されているほか、但馬建設が賃借入居者から受領した現金のうち五〇万円は、保証金として月峰に納入されていたことは、前記認定のとおりである。そうすると、入居契約の際、被告人が本件マンシヨンの所有者が但馬建設であると説明していても、その行為はやはり本件契約に基づき月峰のためにする認識の下に行つた代理行為というのが相当であり、入居者において被告人の右説明を信じて契約したとしても、被告人の右行為の性質評価に影響を与えるものではない。

代理行為といえるためには、民法上、本人つまり月峰のためにするものであることを示す必要があるが、この点は、入居契約書中に貸主として月峰を併記していたことをもつて十分であり、また、本件入居契約は月峰という株式会社の業務行為としての商行為であるから、右代理顕名は必須の要件でない。

被告人は、本件マンシヨンの所有権に関する本件契約条項につき不満であつた。その所有権は但馬建設にあると考えていた旨供述しているが、本件契約を無効とする事情は見当らず、有効に存在する以上、そして、前記認定のとおり、被告人自身も昭和五〇年四月一二日に再度その内容を確認しているのであるから、被告人の右供述は容易に採用できない。

以上のとおり、但馬建設の代表者である被告人が入居者と契約を締結したのは、契約当事者としてではなく、月峰の代理人としてなしたものと考えるのが相当である。

2  被告人が受領した預り金の性質

被告人は、公判段階において、一貫して、貸借入居者から受領した金員のうち五〇万円を超える分については本件マンシヨンの賃貸借とは関係がなく、但馬建設が入居者から利息月二分の約束で借用したものであつて保証金でなく、但馬建設が自由に処分しうるものである旨供述し、入居者に交付された預り証には、右供述に沿うかの如き記載がある。

しかしながら、被告人が入居者に対し右供述のような説明をした事実が認められないことは、前記認定のとおりであつて、これに、領収証と預り証の二通に分けて金員受領の書面を発行した理由説明を併せ考えると、賃借入居者は、右預り金を含め全額を本件マンシヨンの賃借保証金として被告人に交付したものであり、預り金とされた金員を賃貸借と無関係に但馬建設に貸与し、減額された家賃相当分がその利息であるという認識はなかつたものといわざるを得ない。確かに、賃貸借契約書には保証金として五〇万円の記載しかなく、また家賃一か月六万円という記載がなされているが、入居者においてこの点を問題にしなかつたのは、被告人による税金対策という説明、公にしないで欲しいという依頼、保証金と家賃のスライド説明を了解したからにほかならないと考えられる。

一方、預り証において、超過金額を預るという記載はあるが、これを借用するという記載がなく、また、家賃という記載はあるが、これを利息という記載にしていないこと、さらには、被告人が保証金と家賃とのスライド関係を説明したこと自体から考えても、被告人において右預り金は賃貸借に関係する保証金という認識をもつていたといわねばならない。ただこれを保証金と表示すると、本件契約により月峰に納入しなければいけないものと考え、但馬建設の用途に使用しうる手段として、本件のような預り証を発行したものと思われる。

以上のとおり、被告人が入居者から預り金として受領した現金も、月峰に納入した五〇万円の保証金と同じく、本件マンシヨンの賃貸借契約に関する保証金であり、被告人もその認識の下にこれを受領していたと認めるのが相当であつて、右預り金を但馬建設において自由に処分しうると考えていた旨の被告人の供述は直ちに措信することができず、これを前提とする弁護人の錯誤の主張は採用できない。

3  背任行為と月峰の損害

被告人は、但馬建設の代表者として、月峰との本件契約を誠実に履行し、入居契約に際しては月峰と取り決めた条件を遵守して締結すべき任務があるところ、これに従わずに、本件各賃借入居者らとスライド方式による契約を締結したものであつて、この点において、月峰に対する任務違背があつたことは明らかである。そして、入居者から受領する保証金のうち、五〇万円を超える分については、これを預り金として但馬建設の用途に充てる意図であつたのであるから、但馬建設の利益を図る目的があつたこともまた明らかである。

ところで、被告人が月峰と取り決めた入居条件を逸脱して、入居者とスライド方式による賃貸借契約を締結する行為は、月峰から与えられた代理権を超えてなされた無権代理行為であるが、本件土地が月峰の所有である旨の説明を受けていた入居者において、但馬建設が本件マンシヨンを建築し、入居契約等一切の業務を担当しているところから、但馬建設が月峰の代理人としても、スライド方式によつて入居契約を締結する権限があると考えるのは当然であつて、その契約の効力は表見代理の責任から月峰に及ぶものと考えて差支えない。そうすると、被告人が受領した預り金も保証金であることは前述のとおりであるから、月峰が入居者に対してその返還義務を負担することになり、月峰に対し右預り金相当額の財産上の損害を与えたことになると考えるのが相当である。

4  被告人の故意

背任罪の故意の要件として、被害者に対する財産上の損害発生につき認識認容していることが必要とされるところ、本件においては、被告人は、預り金につき、但馬建設が入居者から借用したものであつて、入居者に対し但馬建設がこれを返済する責任を負担しており、月峰には何ら損害を与えるつもりはなかつた旨供述して、右故意の存在を否定している。しかしながら、被告人は右預り金を賃貸借契約に伴う保証金としてその認識の下に受領したものであつて、入居者からの借用金として受領していたものではないことは前述のとおりである。そうだとすると、月峰が本件マンシヨンの所有者であり、賃貸借契約の当事者であつて、但馬建設はその代理人であるという認識をもつていた被告人にとり、入居者との契約上の責任が月峰に及ぶことは容易に予測しうるところであつて、それにも拘らず、敢て月峰と取り決めた条件に反して超過保証金を受領し、これを但馬建設の用途に充てようとしたことは、仮に但馬建設において入居者にこれを返還する意思があつたとしても、月峰に対する財産上の損害発生につき故意があつたものと考えて差支えないと思われる。

5  業務上横領の択一的訴因を認めなかつた理由

被告人が入居者から受領した預り金も賃貸借契約に伴う保証金というべきであることは前述のとおりであり、本件契約によれば、但馬建設は入居者から受領する賃貸保証金、家賃、売買代金等一切の金銭を月峰に納入すべき義務を負担しているのであるから、右預り金も月峰に納入すべき金銭ということになる。

しかし、月峰と但馬建設の間においては、賃貸条件として、保証金一〇〇万円家賃月額五万五、〇〇〇円または保証金五〇万円家賃月額六万円のいずれかとする旨合意されていたのであり、被告人が右条件に反して、保証金五〇万円家賃月額六万円を基本条件として超過保証金を受領し保管することは、被告人の無権限行為であつて超過保証金につき月峰から委託を受けて保管するという関係はない。

従つて、被告人が右超過保証金を但馬建設の用途に費消領得しても業務上横領罪の成立はないと考えられる。

6  以上の理由から、判示第二の背任罪の成立を認めたものである。

(法令の適用)

一  判示所為

第一の所為につき刑法二五三条、第二の各所為につきそれぞれ同法二四七条、罰金等臨時措置法三条一項一号

一  刑種選択

第二の各罪につき、それぞれ所定刑中懲役刑選択

一  併合加重

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(刑が最も重い第一の罪の刑に加重)

一  執行猶予

刑法二五条一項

一  訴訟費用不負担

刑事訴訟法一八一条一項但書

(量刑理由)

本件は、もともと資力の小さな建設業者である被告人が、悪化した経営を立直すため大きな利益を得ようとして、経験のない大規模なマンシヨンの建築を手掛けたため、工事途中にして工事費等の支払資金に窮迫し、その挙句に判示のとおりの犯行をなしたものであり、被告人の資金計画や経費の見通しのずさんさが本件の原因となつている。その結果、被害者たる月峰ばかりでなく、被告人の甘い誘いにのつて契約した一般入居者にまで、多大の財産的精神的損害を与えたのであり、その責任を放置して逃走した被告人に対しては、相当厳しく非難を加えて然るべきである。

しかし、被告人は、資金調達に苦しみながら、本件犯行によつて得た金員を建築工事費等に使用し、病弱な身体をもつて本件マンシヨンを完成させ、結局これが月峰の所有となり、後日月峰は本件マンシヨンを他に売却処分して、一応その目的を達していること、入居者らの財産上の損害は、その月峰においてほぼ賠償済みであること、被告人はこれまで前科がなくまじめに過して来たもので、本件で失敗して全くの無資力となり、現在は六四才の病弱な老後を老人ホームで一人暮していることなどの情状を考えると、被告人に対し、その刑の執行を猶予するのが相当と考える。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 逢坂芳雄)

別紙一覧表

番号

犯行日(ころ)

入居者

受領した保証金

月峰に納入した保証金又は納入すべき保証金

超過保証金

1

昭和五〇年五月下旬

工藤博

三〇〇万円

五〇万円

二五〇万円

2

同年六月上旬

蔵田富子

二〇〇万円

五〇万円

一五〇万円

3

同年七月一二日

徳田芳三

二〇〇万円

五〇万円

一五〇万円

4

同年七月下旬

綿田賢一

二〇〇万円

五〇万円

一五〇万円

5

同年八月六日

白川となよ

三〇〇万円

五〇万円

二五〇万円

計 九五〇万円

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